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名古屋高等裁判所 昭和46年(う)262号 判決 1972年2月28日

主文

原判決を破棄する。

被告人を禁錮四月に処する。

但し、本裁判確定の日より二年間、右刑の執行を猶予する。原審および当審における訴訟費用は、全部被告人の負担とする。

理由

<前略>各所論(注、検察官の)にかんがみ、記録を精査し、原判決を調査するに、被告人に対する本件公訴事実は、所論摘録(一)のとおりであり、原判決が、被告人に対する本件公訴事実中、第一の業務上過失致死傷の訴因については、原判決の理由中、罪となるべき事実として、被告人の注意義務および過失の態様を、所論摘録(二)前段のごとく認定したほかは、右の公訴事実とほぼ同旨の事実を認定判示して、業務上過失致死傷罪に問擬し、被告人を罰金五万円に処したが、本件公訴事実中、第二の労働基準法違反の訴因については、原判決の理由中、一部無罪の理由として、所論摘録(二)後段のごとく説示して、被告人に対し、無罪の言い渡しをしたことは、所論のとおりである。そこで、当審における事実取調べの結果を参酌したうえ、原審において取り調べた関係各証拠を仔細に検討し、考えてみるに、右の各証拠(但し、後記措信しない部分を除く)によれば、被告人は、土木建築請負を業とする河村産業の建築工事主任として、河村産業が昭和四三年四月三〇日に愛知県海部郡弥富町鍋田農業協同組合から請け負つた同町大字寛延字穀栄三九番地に建設する同組合第五米穀倉庫(鉄筋鉄骨コンクリート造平家建一棟、床面積742.5平方メートル((間口四五メートル。、奥行16.5メートル、屋根高8.5メートル)))の新築工事、すなわち、本件建築工事に関し、各下請業者等を指揮監督して、その施工一切を総括していたこと、そして、河村産業の本件建築工事は、同年五月一日に着工して以来、本件で問題となつている型わくおよび同支保工組立工事は伊藤組こと伊藤廣三に、その他、土工々事は鎌一産業こと加藤畯一に、コンクリートパイル打込工事は日本高圧コンクリート株式会社(名古屋営業所)に、鉄筋工事は八千代鉄筋こと戸叶駒次に、鉄骨工事は南陽鉄構株式会社に、電気工事は名宝電気商会こと水野俊夫に、それぞれ下請けさせて、被告人の指揮監督のもとに、これを施工し、基礎土工、コンクリートパイルの打込み、床コンクリートの打設、鉄筋および鉄骨の組立て、側壁下部(床上5.3メートルまで)のコンクリート打設の各工事の終了後、同年六月二九日頃から同年七月一四日頃までの間に、前記伊藤廣三が熊谷組こと熊谷昇に下請けさせ、同人が一部をさらに高瀬組こと高瀬宮一に下請けさせて、右熊谷昇が西側半分を、高瀬宮一が東側半分をそれぞれ担当して、屋根スラブおよび梁のコンクリート型わく(以下、単にスラブ型わくと略称する)、ならびにその支保工(以下、単に型わく支保工と略称する)を施工したこと、なお、右の型わく支保工は、該下請契約により、河村産業が貸与したパイブサポート(長さを調節することができる鋼管の支柱である。労働安全衛生規則第一〇七条の三参照)を使用して、河村産業の現場主任である被告人とその配下の現場係員井川芳彦、前記伊藤廣三および熊谷昇が協議のうえ、敷板または敷角を二段にはさんで、パイプサポートを三本継ぎとする構造で、組み立てることに決し(前同規則第一〇七条の六、同条の七参照)、右井川芳彦が作成した組立図に基づき、前記熊谷昇および高瀬宮一が施工したものでああること、しかも、前記下請業者は、日本高圧コンクリート株式会社を除いて、いずれも弱小の業者であり、殊に、熊谷昇および高瀬宮一はもとより、伊藤廣三も、型わく大工の頭領に過ぎず、建築工学の専門的な知識など有しないものであつて、名目は請負いといつても、材料の一部と労働者を提供したにひとしいものであること、そして、同年七月一五日に、河村産業が生コンクリートの供給を註文してあつた鈴与株式会社(名古屋支店)の手配により、名古屋レミコン株式会社から、生コンクリートの輸送供給を受け、株式会社矢沢業務店から、コンクリートポンプ車の出向を得、また、株式会社平山工務店から左官職人の、前記加藤畯一方から、鳶と土工人夫の各供給を得て、なお、前記電気工事を下請けした水野俊夫方にも連絡したうえ、被告人の指揮監督のもとに、あるいは、その配下の現場係員前記井川芳彦、同鈴木一喜および同大杉公純等をして、指揮監督させて、側壁に引き続き、梁および屋根スラブのコンクリート打設作業を行なわせ、その最中に、型わく支保工が崩壊し、スラブ型わくが落下して、打設した生コンクリートが床上に流下する事故となつたものであることを肯認することができ、叙上認定のごとき事実関係からすれば、被告人は、本件建築工事の元請人である河村産業の現場主任技術者(一級建築士の資格を有する)として、前記の型わく支保工の組立工事に関し、これを実際に施工した下請人ならびにその雇傭する労働者に対する関係において、実質上、現場における作業上の指揮監督をし、かつ、現場におけるその安全措置を講ずべき権能と義務とを有していたばかりでなく、右の型わく支保工を利用して、コンクリート打設作業等に従事した河村産業の現場係員はもとより、河村産業と直接雇傭関係のない鳶、土工、左官等各労働者に対する関係においても、現場におけるその作業上、総括的に、実質的な指揮監督をし、かつ、現場におけるその安全措置を講ずべき権能と義務とを有していたものと認めるべきである。河村産業と前記伊藤廣三との間の同年五月三日附請負契約書中には、第六項附帯事項の(8)として、「労働基準法、職業安定法、労働者災害補償法、失業保険法等、使用者としての法律に規定された一切の義務は、乙(右伊藤廣三を指称する)に於いて負担するものとす」との約定がなされ、前記加藤畯一、水野俊夫等との請負契約書中にも、右と同様の約定がなされているが、いずれも、河村産業の契約書用紙に、不動文字をもつて印刷された条項であつて、例文的なものとみられ、少くとも、本件建築現場のスラブ型わくならびにその支保工についての、労働基準法の規定による危害防止の義務に関する限り、その効力を有しないものと解すべきである。また、原審公判調書中には、右の認定に反する被告人および証人河村鋓男の各供述記載部分も存するけれども、同供述記載部分は、前掲のその余の各証拠に照らして、措信するに足りない。ところで、労働基準法第一〇条は、「この法律で使用者とは、事業主又は事業の経営担当者その他その事業の労働者に関する事項について、事業主のために行為をするすべての者をいう」と規定しているが、同法は、労働者の労働条件の保護と向上を目的として、制定せられたものであり、同法による規制の対象も、労働契約、賃金、労働時間、休憩、休日および年次有給休暇、安全および衛生、女子および年少者、災害補償、就業規則ならびに寄宿舎等多方面にわたつているから、同法第一〇条にいう「使用者」の概念は、同法による規制の全般について、画一的にこれを定めることはできないところであつて、例えば、賃金支払いの面において、使用者である者が、安全衛生の面においても、使用者でなければならないわけのものではなく、安全衛生の面においては、同法による規制の目的にそうように、その他の規制面におけるとは、別個に「使用者」の概念を定めるべきものと解する。そうでなければ、現今におけるごとく、複雑多様な労働関係において、労働者の労働条件の保護と向上を図ることは困難となるからである。本件について、これをみるに、本件建築工事におけるごとく、数次の請負によつて、工事が行なわれる場合においては、例えば、型わく支保工という一つの設備等について、次々と下位の請負人の労働者がこれを使用することになるのであり、元請けの労働者はもとより、これら下請けの労働者も、その安全性について、重大な利害関係を有するものであるから、右の設備等を施工する下請人において、労働基準法上の安全義務を尽くしうる能力があれば格別、そうでなければ、工事を総括する元請人において、同法上の義務を負担しなければ、極めて不合理、不都合な結果を生ずることとなり、また、下請関係の形態にも、種々の段階が存し、名目上は、同じく請負であつても、全く下請人の責任において、契約した仕事を完成し、労働者に関する労働基準法その他法律上の全義務を負担する場合もあれば(このような場合には、労働災害防止団体等に関する法律の適用があることが多いであろう)、あるいは、下請人が材料の全部または一部を自ら提供し、元請人の指揮監督に従つて、契約した仕事を完成するに過ぎず、特に、労働者の安全面における法的義務の負担能力がない場合もあり(弱小業者の場合)、さらには、下請人が単に労働者を供給するにひとしい場合も存するのであり、このような、使用する労働者の安全面における法的義務を負担をする能力のない下請人に、右の法的義務を負担させ、右法的義務の負担能力を有する元請人に、その責任を免れさせることは、極めて不合理、不都合であるというほかなく、従つて、かかる場合、元請人において、雇傭関係にはない下請け、さらには孫請け等、賃金の支払い、その他の一般的な労務管理面については、関係を有しない労働者に対する関係においても、当該労働者の保護と安全を確保すべき施設の施工ならびにその利用に関し、当該労働者に対して、実質的な指揮監督の権限を有する者である以上、これを労働基準法第一〇条および第四二条にいう「使用者」に該当するものと解すべきであり(同法第八七条の規定が存することをもつて、これを反対に解すべきものではないと思料する)、そして、以上のように解するならば、被告人は、同法第一〇条にいうところの「その事業の労働者に関する事項について、事業主のために行為するすべての者」、すなわち、同法にいう「使用者」に該当し、同法第四二条に規定する使用者としての義務を負担するものとしなければならない。そうとすれば、原判決が本件建築工事において前記の型わく支保工の組立工事を施工したのは、熊谷昇等の下請業者であり、被告人は、元請人である河村産業の単なる現場監督者に過ぎず、右の型わく支保工の組立作業に従事した下請業者の労働者との間に、使用関係を生ずるいわれはないとし、労働基準法第四二条にいう「使用者」には当らないとして、被告人に対し、本件労働基準法違反の公訴事実につき、無罪を言い渡したのは、本件建築工事全般、なかんずく、右の型わく支保工の組立作業における被告人の実質的な権限と義務についての事実を誤認し、ひいては、労働基準法第四二条、第一〇条の解釈適用を誤つたものとするほかなく、なお、右の労働基準法違反の公訴事実は、原判決が有罪として認定処断した前記の業務上過失致死傷の公訴事実と併合罪の関係にあるものとして、公訴を提起せられたものであるから、原判決は、爾余の量刑不当に関する論旨につき、判断を加えるまでもなく、全部破棄を免れないところであり、論旨は、結局理由があることに帰着する。

よつて、本件控訴は、その理由があることになるので、刑事訴訟法第三九七条第一項、第三八二条、第三八〇条に則り、原判決を全部破棄したうえ、同法第四〇〇〇条但書に従い、当裁判所において、被告人に対する本被告事件につき、さらに判決をすることとする。

(罪となるべき事実)

第一、原判決が適法に認定した罪となるべき事実と同一である。

第二、被告人は、土木建築請負を業とする株式会社河村産業所の作業所長の地位にあつて、同会社が愛知県海部郡弥富町鍋田農業協同組合から請け負つた同町大字寛延字穀栄三九番地に建設する同組合の第五米穀倉庫(鉄筋鉄骨コンクリート造平家建一棟、床面積742.50平方メートル)の新築工事に関し、現場主任として、前記会社の現場係員ならびに下請業者等を指揮、監督し、その施工一切を総括、管理していたものであるが、昭和四三年六月二九日頃から同年七月一四日頃までの間、前記工事現場において、熊谷昇等の下請業者をして、前記倉庫の屋根スラブおよび梁(屋根の高さ約8.5メートル)のコンクリート型わく、ならびにその支保工を組み立てるに際し、右型わくの形状により、やむを得ない場合でないのにかかわらず、同倉庫の東側および西側部分全体に、敷板、敷角等を二段にはさんで、右型わくの支保工を組み立てさせ、もつて、危害防止のための必要な措置を講じなかつたものである。

(証拠の標目)<略>

(法令の適用)

被告人の判示各所為中、第一の大西清ほか一三名に対する各業務上過失致死傷の点は、いずれも刑法第二一一条前段、罰金等臨時措置法第三条第一項第一号に、第二の危害防止の必要措置を講じなかつた点は、労働基準法第一一九条第一号、第四二条、労働安全衛生規則第一〇七条の七第一号に、それぞれ該当するところ、判示第一の各業務上過失致死傷罪は、一個の行為で数個の罪名に触れる場合に該るから、刑法第五四条第一項前段、第一〇条により、犯情の最も重いと認める大西清に対する業務上過失致死罪の刑で処断することとし、判示のごとく、被告人の過失が重く、事故の結果が大きいこと等の情状にかんがみ、同罪につき、所定刑中禁錮刑を、判示第二の労働基準法違反罪につき、所定刑中懲役刑を、それぞれ選択し、以上は、刑法第四五条前段の供合罪であるから、同法第四七条本文、第一〇条により、重い前者の罪の刑に、同法第四七条但書の制限に従つて、併合罪の加重をした刑期範囲内において、被告人を禁錮四月に処し、諸般の情状を考慮して、被告人に対し、その刑の執行を猶予するを相当と認め、同法第二五条第一項を適用して、本裁判確定の日より二年間、右刑の執行を猶予することとし、なお、原審および当審における訴訟費用については、刑事訴訟法第一八一条第一項本文に従つて、その全部を被告人に負担させることとする。

以上の理由によつて、主文のとおり判決する。

(上田孝造 杉田寛 吉田誠吾)

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